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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10574号 判決

昭和信用金庫

富士銀行

事実

原告昭和信用金庫は、昭和二十八年訴外原田源之助との間に、(イ)原告は原田源之助及び被告原田邦彦に対し限度額金二百五十万円の範囲内において右両名の振出、裏書、引受に係る各種手形、小切手の割引、融通及び金員の貸付をする、(ロ)被告原田邦彦は将来発生する債務の履行を担保するため金二百五十万円を限度額としてその所有に係る本件不動産に順位一番の根抵当権を設定する、(ハ)被告原田邦彦は同被告及び原田源之助が債務を期日に履行しないときは、原告の任意選択により根抵当権の実行に代え本件不動産の価格を金二百五十万円とみなし、即時代物弁済として充当決済されても異議のないことを約する、(ニ)被告原田邦彦は右根抵当権設定登記及び代物弁済予約による所有権移転請求権保金の仮登記をする、との契約を結び、これと同内容の公正証書を作成した。

被告原田邦彦については、原田源之助が同人の代理人として原告との間に右契約を結んだものであるから、右契約は原告及び被告原田那彦間にも有効に成立した。

而して原告は右約旨に従い、昭和二十八年九月十三日、金額二百五十万円、振出人原田源之助なる約束手形一通の割引をして右約束手形の所持人となつたが、原田源之助及び被告原田邦彦は満期に至りながらその支払をせず、却つて原告が本件不動産について前記契約に基く根抵当権の設定登記及び代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をしないでいるうちに、被告原田邦彦は、債権者である原告を害することを知りながら、昭和二十八年十月七日本件不動産を被告原田芳に贈与し、同日右贈与による所有権取得登記を済まし、無資力となつた。よつて原告は被告原田芳に対し、右贈与契約の取消とそれに基く右登記の抹消登記手続とを求めると共に、被告原田邦彦に対し、右代物弁済による所有権移転登記手続を求めると述べた。

被告らは、原告主張事実のうち被告原田邦彦から被告原田芳に対する本件不動産の贈与契約及びこれに基く登記の事実は認めるが、被告原田邦彦が右贈与をするについて原告を害することを知つていたこと及び右贈与により無資力となつたことは否認する。

また被告原田芳も原告を害することを知らないで本件不動産の贈与を受けたのである。すなわち、右贈与が行われた当時原田源之助はその郷里にある莫大な原田家の財産を、同人所有のものは勿論、同人の母や同人の子被告原田邦彦の所有するものまでも見さかいなく極めて廉価に売却処分する暴挙に出ていて、被告原田邦彦や親類縁者の制止懇願にも耳を藉さない有様であつたので、被告原田邦彦はその所有する本件不動産をいつ処分されるかも知れない危険を感じ、これを防ぐために本件不動産をその妻である被告原田芳に贈与し、その登記を済ましたのであつて、被告両名は、原告と原田源之助との間に原告が主張するような契約が成立していたことを全く知らなかつたのであると述べた。

理由

証拠によれば、訴外原田源之助は訴外株式会社富士銀行北沢支店長の仲介により、昭和二十八年四月十六日原告昭和信用金庫との間に原告主張どおりの契約を結び、原告から即日金百五十万円、同年五月六日金百万円以上合計金二百五十万円を借り受けたことが認められる。

そこで原田源之助が当時被告原田邦彦を代理して原告と右契約を結ぶ権限をもつていたかどうかを判断するに、証拠を綜合すれば、原田源之助は昭和二十八年九月頃からその郷里にある莫大な財産を何の見さかいもなく第三者をして売却処分させ、被告原田邦彦や親類緑者の制止にも耳を藉さず、被告原田邦彦の所有する本件不動産をもいつ売却するか知れない有様であつたので、これを防ぐため同被告は同年十月七日本件不動産をその妻である被告原田芳に贈与し、即日所有権移転の登記を済ましたことが認められるから、原告主張の契約を内容とする公正証書の作成に関する原田源之助、原告及び被告原田邦彦の各委任状の作成が真正であるとすれば、被告原田邦彦は被告原田芳所有の本件不動産を自己の所有として抵当に供したこととなるわけであるが、他の証拠によると次のとおり認められるのである。すなわち、被告原田邦彦は同年三月下旬頃父原田源之助から同被告の金員で富士銀行北沢支店に父名義の口座を開かせて貰いたいと頼まれ、口座を開くことが父の取引上の信用を回復する一助となるならば結構だと考えて、金五十万円を父に融通してやつた。その際右口座を開くについての保証人になつて貰いたいといわれ、書類に署名押印するよう指示されたので、いわれるままにその書類に署名押印した上よく書類をみると、その中に右口座とは関係のない前記公正証書作成に関する被告原田邦彦の委任状があつたので、これは口座とは関係のない書類だからやめませうといつて取り除き、口座開設に必要な書類だけを父に渡した。同被告は更に同年四月中旬頃に至り、父から、富士銀行が保証人に会つていないので印鑑証明書をほしいといつていると言われ、別段不審にも思わず印鑑証明書を取つて父に渡したが、先の自己名義の委任状は自分の机の中にしまつておき、そのまま同年四月下旬取引上の用務で海外に出発した。同被告は同年五月下旬帰国したが、帰国後も父原田源之助から本件不動産を抵当に供して金員を借り受けたことについては何も聞いていなかつた。一方原田源之助は同被告の留守中に無断で同被告の署名押印のある右委任状を取り出し、これと右印鑑証明書とを原告に交付した。従つて原告が金融する際には通常公正証書作成用及び登記関係用の合計二通の印鑑証明書を借受人から徴するのに、本件においては一通しか手に入れられず、そのため抵当権の設定登記はできないでしまつた。以上のとおり認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。

また証人原田源之助は、被告原田邦彦名義の白紙委任状は、原田源之助の前記借受金の担保として本件不動産を原告に提供することを承諾し、その手続を原田源之助に委任する趣旨で被告原田邦彦から原田源之助に交付されたものであると供述しているが、右供述部分は信用できず、また原田源之助が前記金員を借り受ける際に原告に交付された本件不動産の権利証についても、それが被告原田邦彦から原田源之助に任意に交付されたと認めるべき何らの証拠もない。してみると、被告原田邦彦名義の前記委任状によつて被告原田邦彦が原田源之助に対して同被告を代理して原告と前記契約を結ぶ権限を与えたものと認めるわけにはいかず、他に右代理権限を授与したことを認めるに足る証拠はない。

従つて、原田源之助が右代理権限をもつていたことを前提とする原告の本訴各請求は、その他の点を判断するまでもなく失当であるとして、これを棄却した。

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